●金谷で……
今日は、寸又峡温泉にやってきた。「すまたきょう・おんせん」と読む。東海道線の金谷
(かなや)で下車。そこから大井川鉄道に乗って、千頭(せんづ)でおりる。金谷から千頭ま
では、SL。その千頭から寸又峡までは、バス。
金谷から千頭まで、SLで、1時間10分。千頭から寸又峡まで、バスで40分。朝方は曇
り。小雨模様だったが、金谷へ着くころには、青空が見えた。金谷で、だれかが、「あら、晴
れてよかったわ」と言ったのが耳に入った。
それから今度は、SL。蒸気機関車。秋の紅葉のシーズンには、ピークを過ぎたという人も
いたが、水色の空にはえて、赤や黄色の紅葉が、色あざやかに輝いていた。
「ぼくは、若いころ、秋の紅葉がこんなにも美しい思ったことがない」と言うと、ワイフが、
「年をとると、自然の美しさがわかるようになるのかもね」と笑った。
その金谷で、30分ほど、過ごす。写真を何枚か、とる。
●SL
SLといっても、当然、古い汽車。ボロボロといった感じ。「昔は、こんなだったのかな」と思
いつつ、どこかおっかなびっくり。座席は狭いし、それに汚い。洗面所には、「使えません」
の張り紙がしてあったが、張り紙がしてなくても、だれも使わないだろう。使い古した便器の
ような感じがした。
私「ぼくが高校生くらいのときは、SLは、日本中を走っていた」
ワ「私は、見なかったわ」
私「東海道線からは、早い時期に、消えたかもしれない。でも、ぼくにとっては、旅行といえ
ば、SLだった。トンネルを抜けると、みんなの顔が、煙で真っ黒になっていたりしてね」、ハ
ハハ、と。
ときどき石炭を燃やすにおいが、車内にまで入ってきた。が、なつかしさは、あまりなかっ
た。どこかの汚いトイレに入ったような感じ。それが、まだ残っていた。大井川鉄道は、「古
い」ということと、「不潔」ということとを混同しているのではないか。あるいは古いことをよい
ことに、不潔なまま、居なおってしまっている。
やがて汽車は、川に沿って走り出した。美しい紅葉が、つぎつぎと目に飛びこんできた。
私は夢中で、デジタルカメラのシャッターを切った。ビデオもとった。
車内では、女性の案内が、ガンガンと流れていた。歌も歌った。バスガイドならぬ、汽車ガ
イドである。こういうガイドには、好き好きがあるのでは……? 中には、静かな旅を楽しみ
たいと思っている人もいるはず。しかしそういう人は、少数派。私のような人間は、だまって
それに耐えるしかない。

●千頭
千頭へは、もう何度か来たことがある。若いころは、息子たちを連れてやってきた。最近
では、数年前に来たことがある。その千頭からは、トロッコ列車が走っている。それに乗っ
たこともある。
が、今回は、ここからバスに乗る。待ち時間は20分ほど。昼食用に弁当をさがすが、どこ
も売り切れ。見ると団体客が、旗を先頭に、バス停のほうへと歩いてきた。みな、寸又峡へ
向かうらしい。その団体をぼんやりと、見やる。
それをのぞけば、のどかな田舎町。いくつかの飲食店とみやげもの屋。それが街道に沿
って、並んでいる。駅前のにぎわいとは対称的に、道の向こうでは、白い光りを浴びて、一
匹のネコが、のそのそと道路を横切っていた。
「弁当は売り切れだった」と私が言うと、ワイフは、「向こうへ着いたら、食べましょう」と言
った。
今日は、あまり気分がよくなかった。昨夜は、あまりよく眠られなかった。いとこと長電話を
したのが原因らしい。自分では気がつかなかったが、ワイフは、こう言った。「あなた、興奮
して、ペラペラとしゃべっていたからよ」と。そのせいか、軽い頭痛が残った。どうやら、睡眠
不足性が原因の頭痛らしい。

●寸又峡
寸又峡へは、午後2時過ぎに着いた。山間の、まさに「寸又峡」という感じのところだった。
山が高く、もう日は、山の向こうに沈んでいた。浜松でいえば、午後4時ごろというところか。
私たちは旅館でチェックインをすますと、そのまま近くの、そば屋へ。その日はじめての食
事である。私は、やまめ定食。ワイフは、とろろ山菜そばを頼んだ。横が売店になってい
て、そこに立つ、お姉さん(店員さん)が、おもしろい人だった。
私「夢の橋までは、遠いですか」
店「今からなら、間にあいますよ」
私「片道で何分くらいですか」
店「30分くらい……。往復で1時間くらいかな……」
私「心中するのだから、片道だけで結構です」
店「このあたりでは、心中の捜索は、自費ですからね」
私「はい」と。
私たちは食事を終えると、そのまま夢の橋へと向かった。

●夢の橋
峡谷にかかる細いつり橋を、「夢の橋」という。定員は、10人ということだったが、谷間に
は、強い風が吹いていた。それだけでも、ブランブランと揺れる。そこへ足を踏み入れると、
さらに揺れる。
私が先。ワイフが、それにつづく。やっと1人が歩ける程度の、細い板。その板の上を歩
く。高所恐怖症の私には、たまらない。ゾクゾクとした恐怖感が、足の裏から伝わってくる。
しかしうしろのワイフを見ると、私よりも、もっとこわがっている。前にも1人女性が歩いて
いたが、橋の途中で、かがみこんでしまっている。こうなると、おもしろくてしかたない。それ
とわからないように、橋を揺らしながら、歩く。ハハハ。
しかし私とて、こわい。足元ばかり見ていると、手元の様子がわからない。一応、手すりに
なった細いワイヤをつかんでいるが、ところどころで、それが橋をつりあげる板と結ばれて
いる。その板のところで、足ならぬ手がとられて、思わず、ころびそうになる。
ゾーッ! そしてまたゾーッ! この繰りかえし。
やっとの思いで、反対側へ。美しい景色を楽しむ余裕はない。が、着いたとたん、谷間の
美しさが目に飛びこむ。それがどのように美しいものであったか……。
百聞は一見にしかず……ということで、ここに、そのときとった写真を何枚か載せる。

●飛Rの宿
泊まった旅館は、飛Rの宿。……という名前の旅館。インターネットで検索して、予約を申
しこんだ。1泊1万4000円弱。全体としては、小じんまりとした旅館だが、内部は、どこも
広々として気持ちよかった。それに料理が、よかった。
山の中のひなびた旅館ということで、それほど期待していなかった。しかしその洗練され
た料理に、大満足。おいしかった。久しぶりにご馳走を食べて、胃のほうがびっくりしたよ
う。考えてみれば、ワイフと2人だけで、こうして旅行に出るのは、珍しい。
私が、「何年ぶりかな?」と聞くと、ワイフは、あっさりと「4年ぶりよ」と。4年ぶり! 改め
て、「4年」という数字に驚く。こういう数字は、女性のほうが、よく覚えている。フームと言っ
たきり、つぎの言葉が出てこない。家庭サービスを、私は、かなりサボっていたようだ。
「ようし、来年からは、毎月、旅行しよう」と私。「毎月は、無理よ」とワイフ。しかしそれにし
ても、4年ぶりとは……! 私にも結構、古風なところがあるようだ。申し訳ない気持ちにか
られた。
  
●インターネットでの検索
今では、宿屋も、インターネットで簡単に検索できる。今回も、そうした。しかし、HPだけで
選ぶと、失敗する。HPでは、やたらと豪華に見えても、実際には……?、という旅館も多
い。
1つの方法としては、その温泉街全体が載っているHPを見るというのがある。そういうHP
では、宿泊代が、1つの目安になる。たいていのばあい、旅館の序列や格式、内容によっ
て、宿泊代が決まる。当然のことながら、宿泊代の高い旅館ほど、よい旅館ということにな
る。
寸又峡温泉にも、大小、さまざまの温泉宿が、10〜15軒ほどある。しかし本気で(?)、
営業している旅館となると、3、4つ程度にしぼられる。実名を出して恐縮だが、「奥大井観
光ホテル翠紅苑」は、★が、3つ。「湯屋・飛龍の宿」が、★が、2つ、というところか。あと
は、宿泊予算と相談して決めたらよい。
私とワイフは、温泉街を歩きながら、「ここにしなくてよかったね」「今度来るときがあった
ら、この旅館にしよう」などと、話した。
●温泉
温泉は、内湯と、露天風呂の2つがあった。湯の中で、体にさわると、軽くヌルっとした感じ
がする。私は、夕食前に1回。夕食後に1回。そして朝早く起きて、1回、計3回も、入った。
が、ほかにすることはなし。小型のノートパソコンをもってきたので、それを開いて、文章
を書く。ワイフは、BS放送を見る。で、結局、風呂から帰ると、そのまま、寝ることにした。
ワイフが、「まだ9時よ」と言った。私は、「ぼくは、睡眠不足だから、ごめん」とあやまった。
こういう旅行先でワイフを見ると、別人のように見える。毎日見慣れているはずなのに、お
かしな気分だ。それにゆかた姿のワイフは、珍しい。ムラムラと……(後略)。
「お前さあ、今夜は、きれいに見えるよ」と声をかけると、「あら、そう」と言った。
●朝
朝食は、8時ということになっていた。バスは、8時40分に出る。散歩から帰ると、そのま
ま朝食。そしてチェックアウト。私たちはバス停に向かい、そこで列をつくって、バスのドアが
開くのを待った。
団体客と一般客が混ざって立った。そのときのこと、うしろのほうから、7、8人の男女が、
大柄な男を先頭にやってきた。道路の中央を、ドヤドヤといったふうな感じでやってきた。そ
してそのまま、私たちの前に立とうとした。朝から酒を飲んで、酔っぱらっているふうだっ
た。
私は、2度、3度、「並んで待っていますと」と声をかけた。が、男たちは、無視。バスのドア
のところに立とうとした。そこで私は、キレた。さらに大きな声で、こう言った。
「団体客も、一般客も、並んで待っているんだぞ。ちゃんと、うしろに並んだらどうだ!」と。
態度の大きな男だった。しゃべりかたは、関東地方特有のベラメエ調子。どこかの金持ち
か、政治家といった風体だった。すると、その男のうしろについていた女が、「そんなに怒ら
なくてもいいでしょ!」と。
今度は、私が無視した。男が、もどって、私たちのうしろにつこうとしたからだ。
あとで私は、ワイフにこう言った。「ぼくはね、ああいうとき、がまんしないよ。言いたいこと
があれば、サッサと言って、それですます。がまんしていると、ストレスがたまるからね」と。

●帰途
今度は、寸又峡から千頭までは、バス。千頭から金谷まで電車。少し待てばSLが走ると
いうことだが、SLは、もうごめん。
金谷から浜松までは、JRで。午前中までには、自宅へ帰ってくるつもりだったが、列車が
何かの事故で遅れた。
帰りの電車の中で、私は眠った。眠りながら、山々の紅葉の夢を見た。夢のような景色だ
った。途中、少し目を開くと、ワイフも、こっくりこっくりと、うたた寝。寸又峡からのバスの中
で、ワイフとこんな会話をした。
「春から夏にかけては、山々の緑は、みな、同じ緑だよね。でも、秋になると、みな、色を
変える。人生を季節にたとえる人もいるけど、秋というのは、人生で言えば、晩年。その晩
年に、それぞれの人が、最後に、自分の色で、美しく輝くんだよね」と。
さあて、私は、どんな色になるのだろう。赤や黄色ならいい。しかしひょっとしたら、赤サビ
色になるかもしれない。そんなことを考えていたら、また眠ってしまった。
のどかで、楽しい旅だった。(おしまい)

帰りに、千頭の駅前で記念撮影
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